働き方改革関連法案によって変わる産業医の役割とは?
【2019年4月施行: 働き方改革】
2018年6月に可決され、もう間もなく施行される「働き方改革関連法案」。「残業時間の上限規制」や「有給休暇取得の義務化」など、働き方に関わる改正に注目が集まっていますが、「産業医」の在り方が変わることはご存知でしょうか?
産業医は「労働者の健康を確保する必要がある」と認めたとき、それを企業に対し勧告する権利を持っていますが、働き方改革関連法の施行によりその権限が強化されることになるのです。
今回は、働き方改革によって産業医の役割がどのように変わっていくのか、また、産業医の求めに対し企業はどのような対応をする必要があるかについて、前後半に分けてご説明していきます。
【そもそも産業医とは何か】
産業医とは、労働者の健康を保持・促進する役割を持った医師のことです。労働者が常時50人以上いる事業場の場合、産業医を1人以上選任する必要があります(※)。
普段あまり関わる機会のない方にとっては、産業医といえば「健康診断」のイメージが強いかもしれませんが、下記のような業務も行っています。
• 職場巡視
産業医は少なくとも毎月1回以上(事業者の同意を条件として2月以内ごとに1回以上へ変更も可)職場を巡視し、職場環境の確認を行います。実際に労働者が働く環境を理解し、改善が必要と判断した場合には適切なアドバイスも行います。
• 健康診断の実施と結果のチェック
健康診断を実施するだけでなく、診断結果に基づいて生活習慣の改善指導や、就業制限など働き方の改善指導も行います。
• 衛生委員会への参加
労働者が常時50人以上いる事業場毎に設置されている衛生委員会。産業医は、この衛生委員会に構成員として参加し、労働者の健康や職場の安全を守るための対策に参画します。
• 健康教育・労働衛生教育
生活習慣の改善に関する内容や熱中症予防対策、禁煙・分煙に関する社内体制の整備など、健康管理や衛生管理を目的とした研修を実施します。
• ストレスチェックの実施
2015年(H27年)12月から労働者が常時50人以上いる事業場で義務付けられた、ストレスチェック制度。産業医は、「医師、保健師その他の厚生労働省令で定める者」の一人としてストレスチェック実施者に任命された場合、事前準備から実施、結果確認、調査結果の保管管理までを担当します。
• 休職希望者、復職希望者、高ストレス者、長時間労働者に対する面談指導
休職や復職を希望する方や、ストレスチェックの結果、高ストレス者であり面談が必要と判断された方、長時間労働をした方が面接を希望した場合に対し、産業医は面談を行います。面談を行った結果、本人に対して指導を行うと共に、必要に応じて企業に対してもアドバイスや指導を行います。
• 健康相談
「最近良く眠れていない」、「そろそろメタボ予備軍になりそうだが、何から改善すべきか知りたい」など、健康上の気になる点がある方が相談を希望した場合、産業医は相談を受けます。
このように、産業医は労働者の健康を守るだけでなく職場環境をより良くするための助言を行うなど、職場を健康面で支える重要な役割を担っています。
この度施行される「働き方改革関連法案」では、労働者の安全・健康などについて定めた「労働安全衛生法」についても触れられており、これにより産業医の権限が強化されました。その背景には、労働安全衛生法が制定された年(昭和47年)に比べて私たちの働く環境が大きく変化したことが考えられます。また、過労死などの防止対策やメンタルヘルス対策、病気の治療や介護と仕事の両立支援など、労働者の健康と生活を守るために産業医の役割も大きく変わったことが挙げられます。
【産業医にかかわる労働安全衛生法改正の3つのポイント】
それでは、労働安全衛生法改正により産業医の役割はどのように変わるのでしょうか。労働安全衛生法改正の大きなポイントは、「産業医・産業保健機能の強化」と「長時間労働者に対する面接指導の強化」の2点ですが、今回は産業医にフォーカスをあて、「産業医・産業保健機能の強化」に関わる項目についてご説明します。
(1)産業医に対する情報提供等の充実・強化(活動環境の整備)
現在、産業医は「労働者の健康を確保するために必要がある」と認めるときは、事業者に対して勧告することができます。
法改正により、事業者は長時間労働者の状況や労働者の業務状況など、労働者の健康管理等を適切に行うために必要な情報を、産業医に提供しなければなりません。
この「提供する情報」には、労働者の作業環境や作業の様子、深夜業務の回数・時間数等、産業医が労働者の働いている状況を判断するために必要と認めたものが含まれます。
より具体的な例をご紹介します。
産業医が長時間労働者と面談をした後、「翌月からは休日残業を禁止したほうが良い」という意見書を事業者に提出したとします。その後、事業者は産業医の意見を受け、措置を行ったのであればその内容を、行わなかったのであれば「行いませんでした」という旨と理由を、産業医に報告しなければなりません。
つまり、産業医の意見に対し、事業者が対応したのか、しなかったのか、しなかったのであれば何故かまでを、産業医はチェックする権限を持ったということになります。
尚、これまでは1カ月の残業時間が100時間を超えた場合において、労働者が申し出れば面談を行うことができるとされていましたが、改正により要件が「月80時間」に引き下がります。これは、働き方改革法案の「残業時間の上限規制」を受けたものです。
(2)産業医の活動と衛生委員会との関係強化(活動環境の整備)
これまでも、事業者は産業医から勧告を受けた場合は、その勧告を“尊重”する義務がありました。
法改正後は、事業者は産業医から受けた勧告の内容を事業場の労使や産業医で構成する衛生委員会に報告しなければなりません。
また、「長時間労働者が多い部署ではどんな業務をしているか調査してください」や「従業員の喫煙率について調べてください」など、産業医が労働者の健康を確保するために必要と判断した際、衛生委員会等に対して調査審議を求めることができます。調査を求められた場合には、事業者側はきちんと調べ結果を産業医に報告しなければなりません。
(3)産業医の独立性・中立性の強化
今回の法改正で、産業医のあり方についての内容が追加されました。それは、「産業医は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識に基づいて、誠実にその職務を行わなければならない。」という条文です。これは、産業医が産業医学の専門的立場から、独立性・中立性をもって職務を行うことができるようにするためとされています。
これは、労働者が安心して相談できるよう、また、偏った意見とならないよう、あくまで労使間から一定の距離を保つことを明示した内容です。
産業医・産業保健機能の強化についての詳しい情報については、厚生労働省から 『「産業医・産業保健機能」と「長時間労働者に対する面接指導等」が強化されます 』というタイトルのパンフレットが公表されておりますので、ぜひ参考にされてはいかがでしょうか。
産業医の選任について
産業医は、常時50人以上の労働者を使用する事業場の場合に1人以上選任する必要があり、これは事業者の義務となっています。この「常時50人」という人数には、正社員だけでなく契約社員や、派遣社員、パートタイマー、アルバイトであっても、継続して雇用している労働者をカウントしなければならない為、注意しましょう。
また、労働者数が50人未満の事業場については、産業医の選任義務はありませんが、労働者の健康管理を医師などに行わせるように努める必要があります。
改正によって企業が取るべき4つの対策とは
労働安全衛生法改正によって、これまで努力義務であったことが義務化されただけでなく、産業医の権限が法的な効力を持ったことで、事業者として講ずべき措置も増えています。
前回、この改正の大きなポイントは、「産業医・産業保健機能の強化」と「長時間労働者に対する面接指導の強化」の2点であるとご紹介しました。
今回は、企業として何をすべきかに注視し、「長時間労働者に対する面接指導の強化」ならびに「産業医・産業保健機能の強化」のうち「健康相談の体制整備、健康情報の適正な取扱い」についてご紹介します。
(1)客観的な労働時間の状況の把握
まず大前提として、管理職を含むすべての労働者に対し、労働時間・勤務状況を客観的な方法により把握する必要があります。客観的な方法とは、タイムカードによる記録、パソコン等の電子計算機の使用時間(ログインからログアウトまでの時間)の記録などです。
やむを得えず客観的な方法により把握することが難しい場合は、労働者による自己申告も認められています。しかし、労働者へ適正に行うことを十分説明することや、自己申告された時間と実際の労働時間に差異がないか、必要に応じて実態調査をすることなど、5つの措置全てを行う必要があります。
もちろん客観的な記録を行うためには設備を整えるなど、時間や費用もかかりますが、残業時間の上限規制の観点からも適正に記録するための対策をされることをおすすめします。
また、把握した労働時間状況の記録を作成し、3年間保存しなければならず、そのための措置をすることとされています。
(2)時間外・休日労働時間が月80時間超の労働者の情報提供
労働時間を把握した上で、もし面談対象となる「時間外・休日労働が月80時間を超えた」労働者がいた場合には、労働者の氏名・総労働時間や時間外・休日労働時間数を速やかに産業医へ報告する必要があります。もちろん、労働者本人にも速やかに通知しなければなりません。
尚、該当となる労働者がいない場合でも、「該当者なし」という情報を産業医に提供する必要があります。
また、新技術・新商品などの研究開発業務に携わる人、高度プロフェッショナル制度を適用した人に対しても、それぞれ面談指導が必要となる要件がありますので注意が必要です。
■研究開発業務従事者
時間外・休日労働時間が1月当たり100時間を超えた際
■高度プロフェッショナル制度適用者
健康管理時間が1週間当たり40時間を超えた場合、その超えた時間が1月当たり「100時間」を超えた際
この要件に該当する場合は、本人からの申し出がなくとも医師による面接指導を行わなければならず、もし面談を行わなかった場合には50万円以下の罰則の適用があります。
(3)健康相談を受けられる体制の整備
保健指導、面接指導、健康相談等を行う際には、プライベートな情報や機微な内容も含まれる可能性があります。そのため、労働者が安心して産業医と会って話ができる環境を整えなければなりません。
事業場で面談や相談を行う際には、プライバシーが確保できる場所を用意しましょう。もし、面談希望者が休職中で会社に出て来づらいという場合には、社外で面談を行うよう配慮するなど、労働者に寄り添った体制を考えるようにしましょう。
また、産業医との健康相談や面談を希望したい際にどのように申請すればよいか、その方法を周知する必要があります。さらに、産業医がどんな業務を行っているのかについても周知させる必要があります。
周知の方法としては、事業場に掲示板等を設置しポスターなどを貼る、書面にして交付する、企業内ネットワーク上に掲示するなどの方法が考えられます。
(4)労働者の健康情報の管理
保健指導や面接指導を行った結果や健康診断結果の管理についても、取り扱いについて事業場内でのルールを設けてくださいとされています。
例えば、労働者の健康に関する情報については施錠されたキャビネットに保管し、もし人事総務部の人が閲覧する場合であっても、特定の業務従事者のみが閲覧可とするなどです。取扱方法を定めたら、労働者に周知させる(労使で共有する)必要があることも忘れてはなりません。
厚生労働省が策定した「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」(平成30年9月7日公表)には、取扱規定に定めるべき具体的な内容について示されているため、参照されることをおすすめします。
まとめ
産業医は、医学という知識の観点から従業員の健康と安全を確保し、生産性を向上させるために欠かせない存在です。「働き方改革関連法案」の施行により、企業としても様々な対応が求められていますが、“義務”として対応するのではなく、産業医は一緒により良い職場を作るパートナーと位置づけ、前向きな気持ちで体制の整備などをされてみてはいかがでしょうか。
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