迫る「給与デジタル払い」の解禁!?支払・受取方法とメリット・問題点
公開:2021年08月18日
厚生労働省の審議会で議論が進められている「給与デジタル払い」は、今後の動向が注目されるビジネストレンドのひとつです。
スマホ決済アプリの普及が進む近年、給与デジタル払いが実現すれば、給与を振り込まれた従業員はそのままスマホ決済を行えるようになり、キャッシュレス化はより加速すると予想されます。また、給与デジタル払いには、企業側・従業員側双方に様々なメリットがあると考えられますが、デメリットや問題点はないのでしょうか。
そこで今回は、経営者の方をはじめ、ビジネストレンドを追っている方や人事労務担当者の方向けに、給与デジタル払いのメリットや問題点をわかりやすくご紹介します。
このコラムを読んで分かること
- 「給与デジタル払い」の概要と制度づくりが進められている背景
- 「給与デジタル払い」導入で考えるべきこと
「給与デジタル払い」とは?具体的な支払方法・受取手段
給与デジタル払いとは、現金の手渡しや、銀行口座・証券口座への振り込みではなく、スマホの決済アプリや交通系電子マネー、プリペイドカードといったデジタルマネーを利用して給与を支払う方法です。
手渡し、口座振り込みに次ぐ、給与支払方法の「第三の選択肢」として、導入が検討されています。
そもそも給与は、労働基準法第24条によれば、通貨(現金)で全額を支給されるのが原則です。
【労働基準法 第三章 賃金(賃金の支払) 第二十四条】
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。
ただし、労働基準法第24条では、法令もしくは労働協約によって別段の定めがある場合、現金支払い以外の方法で給与を支払うことを認めています。通称「通貨払いの原則の例外」と呼ばれるルールです。銀行口座や証券口座への振り込みによる支払いは、「通貨払いの原則の例外」にあたります。
政府は、給与デジタル払いを実現するため、「通貨払いの原則の例外」に資金移動業者(スマホ決済サービスを提供する業者)の口座への支払いを追加する方針です。これが実現されれば、銀行口座を介することなく、給与を受け取ることができるようになります。
「給与デジタル払い」制度の発表に至った背景
政府は、給与デジタル払いを2021年度中に解禁する方針です。政府が給与デジタル払いを推し進めようとする理由は、大きく分けて2点あります。
(1)キャッシュレス化を推進するため
政府は2014年頃からキャッシュレス化の推進を重要な政策課題に位置づけて、様々な方針を打ち出してきました。給与デジタル払いの解禁もまた、キャッシュレス化を推進する取組の一環です。
(2)日本の銀行口座を持たない外国人労働者を採用し、給与を支払う仕組みを作るため
外国人労働者の採用は、介護業界や飲食業界をはじめとする、特に人手不足が深刻な業界にとって、十分な労働力を確保するための有効な手段の一つです。しかし、外国人労働者のなかには、語学力や滞在状況などの理由によって、日本の銀行口座を開設できない方もおり、銀行口座への給与振り込みができないことを理由に、企業側が外国人労働者の雇用をためらうケースもあるようです。
そこで政府は、日本の銀行口座を持たない外国人労働者に対して給与を支払う仕組みを作るため、給与デジタル払いの解禁に向けた取組を推し進めています。
【企業・従業員別】給与デジタル払いの導入によるメリット
給与デジタル払いが導入されると、給与の支払方法・受取手段の選択肢が増えます。選択肢が増えることは、企業・従業員双方にとってのメリットといえるでしょう。
では、企業や従業員は、具体的にどのようなメリットを得られるのでしょうか。ここでは、給与デジタル払いのメリットを、企業側・従業員側それぞれについて紹介します。
企業側のメリット
企業側のメリットは、給与の振り込みにおけるコストカットが可能であるということです。銀行口座や証券口座に給与を振り込む際には振込手数料が発生し、労働基準法では振込手数料は企業が負担することとなっています。給与デジタル払いが導入されれば、銀行口座や証券口座に振り込みをする場合と比較して、手数料を安く抑えられる可能性があります。
さらに、給与デジタル払いを導入することで、銀行窓口やATMへ行って給与を振り込む手間がなくなり、毎月の作業を効率化できるというメリットも期待されます。そのため、日払い・週払いなど柔軟な対応も行いやすくなるでしょう。
日払いや週払いといった、様々な雇用形態の従業員に柔軟に対応できるとなれば、企業にとっては雇用の幅を広げることにもつながると考えられます。
従業員側のメリット
従業員側のメリットは、利便性が向上するということです。
近年では、普段の買い物にデジタルマネーを利用する方も多くいます。しかしデジタルマネーで買い物をするためには、銀行口座やATMなどからデジタルマネーにチャージする作業が必要です。給与デジタル払いが導入されると、デジタルマネーにチャージする作業を省略でき、利便性が高まります。
また、買い物にデジタルマネーを使用すれば、銀行口座から現金を引き出す際の手数料も発生しません。キャッシュカードや現金を持ち歩く必要もなくなるため、盗難・紛失リスクを低減することもできるでしょう。
給与デジタル払いにおける3つの問題点
給与デジタル払いには様々な問題点が指摘されていることから、導入に反対する意見もあります。現在指摘されている問題点の代表例は、資金移動業者の経営破綻によるリスク、セキュリティ面のリスク、給与管理担当者の業務負担増加のリスクの3点です。
ここからは、各問題点の詳細をわかりやすく解説します。
資金移動業者の経営破綻によるリスク
銀行や証券会社が経営破綻した場合には、預金保険制度によって元本の1,000万円までが保護されるため、万一の事態にも備えられます。
しかし、資金移動業者には同様の保護制度がないため、経営破綻した場合は預けていた給与が引き出せなくなるリスクがあります。また、全額払い戻しができたとしても、引き出せるまでの期間が長期化することは十分考えられます。
セキュリティ面のリスク
給与デジタル払いが導入された場合、資金移動業者には、どこの企業からいくらの給与が支払われたか・給与をどのように使用したかなど、様々な情報が集まります。しかし、資金移動業者の個人情報保護の方針は、未だ十分に整備されているとはいえず、個人情報が漏洩する可能性を否定できないのが現状です。
また、スマホ決済アプリが不正利用された場合に十分な補償を受けられない可能性もあります。不正利用に対する補償の方法は、法律によって定められた共通の規定がなく、資金移動業者ごとの規定にゆだねられているためです。
給与管理担当者の業務負担増加のリスク
銀行口座や証券口座への給与振り込み、給与デジタル払いの両方に対応する場合、給与管理担当者の業務負担が増加することが考えられます。また、一口にデジタル払いといっても、その種類は多岐に渡るため、どの従業員がどの手段を利用しているかの管理も必要になってくるでしょう。仮に業務負担の増加分を残業でまかなった場合、人件費の増加につながるため、かえってコストがかさんでしまう可能性は否めません。
仮に、担当者の業務負担も考慮し、かつコストカットも実現したい場合は、給与支払方法をデジタル払いに統一してしまうといった対応も考えられます。しかし、支払方法を統一することが従業員の利便性を損なうケースも考えられるため、慎重な判断が求められます。
銀行口座を介した給与支払いの現状と今後の動向は?
日本トレンドリサーチが男女1000人を対象に行ったアンケート(※)によると、2021年4月時点において、銀行口座で給与を受け取っている方の割合は9割以上にのぼります。その一方で、給与デジタル払いを希望する方の割合は2割程度に留まり、反対派が大半を占めているのが現状です。
前述のように、給与デジタル払いには、資金移動業者が経営破綻した際、給与を引き出せない可能性があること、個人情報保護の体制が不十分であることなどの問題があります。また、現金払いしか利用できない店舗もあるため、給与デジタル払いの導入により、かえって利便性が低下する可能性も否めません。
それでも、外国人労働者や日頃からデジタル決済を利用する従業員など、一部の方にとって給与デジタル払いは大きなメリットのある仕組みといえます。政府は、多様化する需要に対応するため、様々なリスクへの対策を整えた上で、ひとつの選択肢として給与デジタル払いを利用できる環境づくりを進めていく方針です。
給与デジタル払い制度の詳細事項は今後も議論が進められることが予想されるため、政府の動向や発信される情報を定期的に確認されることをおすすめします。
まとめ
ここまで、給与デジタル払いの概要と、メリット・問題点、さらに今後の動向についてご紹介しました。
<このコラムのPOINT>
- 給与デジタル払いとは、スマホの決済アプリや交通系電子マネー、プリペイドカードといったデジタルマネーで給与を支払う方法である
- 給与デジタル払いの導入によって、企業・従業員の双方にとってメリットがある
- 給与デジタル払いには様々な問題点もあるため、政府としては、ひとつの選択肢として給与デジタル払いの制度化を目指す方針である
給与デジタル払いの制度化は、「給与は銀行口座・証券口座で受け取るもの」という常識を変える可能性があります。特に経営者の方や人事労務担当者の方は、政府の今後の動向を定期的に確認し、企業・従業員の両方にとって望ましい給与の支払方法・受取手段を考えていかれてはいかがでしょうか。
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