製造業データ活用の発展段階 - 見せるだけから使える仕組みづくりへ
近年、中堅製造業では設備やIoTセンサーなどのデータ収集環境が整備され、グラフやダッシュボードによる可視化を実現している企業が増えています。
一方、現場では「データは可視化できるようになったが、業務改善にどう活かせばよいか分からない」「どのように運用すればよいか分からない」といった課題に直面している声も耳にします。
本コラムでは、こうした現場の課題を乗り越えるために、可視化の時点で意識すべきポイントやデータを日々の業務や経営判断に活かす方法を、具体的な実践ステップとともに解説します。
【目次】
- 現場に馴染む可視化の実現方法
- データを「使える仕組み」に変える利活用基盤の構築
- BIツール選定と導入 –効率的な基盤構築への道筋
- データ活用が企業競争力に与えるインパクト
- まとめ
現場に馴染む可視化の実現方法
可視化が数値やグラフの表示にとどまり、現場の作業者や管理者が日々の判断や改善活動に活かせていない状況はありませんか。部門間でのデータ共有が不十分で、生産効率の向上や品質分析などの取り組みが断片的な事例を散見します。
データ投資を業務改善に役立てるには「可視化=見せるだけ」の状態から「使える仕組み」への発展が不可欠です。
紙の帳票からヒントを得る
製造現場では、長年にわたり紙の作業日報や設備点検表が使用されています。多くの現場作業者にとっては、紙による管理が馴染み深く、実用的といえるでしょう。
その状況でデータの可視化を成功させる鍵は、既存の帳票のレイアウトや構成を参考にしたデジタル画面設計にあります。
例えば、熟練作業者が瞬時に状況を把握できる表示項目の優先順位付け、色分けやアイコンを活用した直感的な異常検知表示、推移に関するデータのグラフ化など、現場に受け入れられやすいアプローチがポイントです。
紙の帳票で重視されている項目や配置順には、長年の現場知が凝縮されているため、これを無視したデジタル化は失敗のもとになりやすく注意が必要です。
BIツールの活用
例えば、飲料メーカーの製造ラインを想定してみましょう。従来、紙の点検表では「充填機温度」「圧力値」「稼働時間」といった項目を手入力かつ表形式で記録し、印刷後に保管されていました。
BIツールを用いて、各項目を紙の帳票と同じ順序で配置し、数値に加えグラフで推移を表示することで視認性が大幅に向上します。過去1時間、1日、1週間といった期間を指定できることで、異常の予兆や傾向が容易に把握できます。
特に効果的なのが、色分け技術を活用した早期の異常検知です。従来は紙の帳票を順に追って異常値を探したり、Excelに直接入力したりと、手間をかけて基準値からの乖離度などを把握していました。
その点、BIツールは一定の基準値を超えた項目を自動的に表示可能です。また、設備の稼働状態を信号機の色(緑・黄・赤)で表現することで、ライン全体の健全性を一目で判断できるようになります。
こうした取り組みにより、異常発生時の初動対応が劇的に速くなり、品質面のトラブルや生産停止のリスクを低減できます。
可視化後の運用における考慮事項
BIツールは可視化にとどまらず、操作性の良さや業務での活用方法を検討した上で、現場に導入しましょう。例えば、「基準値から乖離した箇所を素早く特定する」「期間を指定して傾向を把握し、報告資料に反映する」といった取り組みです。
可視化システムの導入後は、改善を繰り返すことが成功の鍵となります。特に以下の三点に気をつけましょう。
画面設計の継続的なブラッシュアップ
導入初期に完璧な画面を作ることは困難です。そのため、運用しながら改善する前提で設計します。現場作業者から「この数値をもっと大きく表示してほしい」「この色分けでは見づらい」などの具体的なフィードバックを収集し、優先順位をつけて迅速に反映させましょう。
段階的な導入による現場への浸透
デジタルへの移行時における作業者の抵抗感を軽減するには、BIツールをまずは一つのラインに絞って導入するなど、小規模で試験運用し、成功事例を積み重ねて他のラインに展開するアプローチが有効です。作業者の成功体験や成功事例を共有することで、心理的なハードルが下がり、導入しやすくなります。
データ更新頻度の明示
表示データの更新頻度と更新タイミングを明確に伝えることも不可欠です。例えば、「このダッシュボードは10分ごとに自動更新されます」「手動で更新ボタンを押すと最新データが反映されます」といった案内を画面上に表示することで、現場での活用イメージがしやすくなります。
データを「使える仕組み」に変える利活用基盤の構築
可視化されたデータを業務改善に役立てるには、単発的な分析だけに用いるのではなく継続的に価値を生み出す「仕組み」の構築が不可欠です。本項では、製造業における効率的なデータ利活用基盤の構築について解説します。
小さく始めよう
全ての企業が、はじめから大規模なクラウドインフラを構築する必要はありません。導入により見込める業務改善効果と予算を照らし合わせ、まずは無料もしくは低コストのBIツールから始めるという選択肢も有効です。
例えば、既存のExcelデータをPower BIの無料版で可視化することから始め、効果を確認しながら段階的にクラウド基盤へ移行するといった方法があります。
シンプルに扱える設計に
データの取り込み・加工・集計プロセスにおいては、必要最低限の処理に絞り込むことが重要です。過度な複雑化を避けることで運用負荷を軽減し、現場が無理なく継続できる設計思想が求められます。
クラウドサービスの活用
基盤インフラには、AWS(Amazon Web Services)やMicrosoft Azure、Google Cloudといったクラウドサービスの活用を推奨します。
従来のオンプレミス環境で発生しがちなデジタル負債を回避し、最新技術を取り入れてメンテナンスしやすいシステム基盤で構築することで、保守性と拡張性を同時に実現可能です。こうした基盤インフラにデータ(データベース)があり、そこにBIツールが接続してデータをインポートするといったシンプルな仕組みにするとよいでしょう。
また、基盤インフラやExcelにおいて、セキュリティー対策も同時に検討し、将来的な技術変化にも対応できる拡張性の高いシステム設計を行うことも意識しましょう。
BIツール選定と導入 –効率的な基盤構築への道筋
製造業においてデータ活用の基盤を効率的に構築するには、適切なBIツールの選定と段階的な導入アプローチが重要です。本項では、中堅製造業の予算規模と技術リソースに適したBIツールの選定基準について解説します。
BIツール選定の4つの観点
BIツールの選定時には、主に4つの観点からの評価が有効です。
▼製造現場で不可欠な時系列分析機能の充実
設備の稼働推移や品質トレンドを直感的に把握できる機能は必須要件です。
▼既存IT資産との相性
Google Workspaceを利用しているならLooker Studio、Microsoft 365を利用しているならPower BIが既存の認証基盤やデータソースとの接続性に優れています。既存システムとのシームレスな連携により、導入のハードルを大きく下げることができます。
▼現場作業者でも直感的に操作できるユーザビリティ
IT専門知識がなくても日常的に活用できるインターフェースが望まれます。例えば、多様な可視化表現やカスタマイズ性の高さを求めるのであればTableauが優れています。
シンプルさと取り組みやすさを重視する場合は、先述したLooker StudioやPower BIの方が現場に馴染みやすいケースもあります。
▼セキュリティー対策の充実度
データには企業の機密情報が含まれるため、アクセス権限管理やデータ暗号化など十分なセキュリティー対策を実施できるか確認する必要があります。
コスト試算における注意点
BIツールの導入コストを検討する際には、ライセンス料金体系を正確に理解することが重要です。多くのBIツールは「利用想定者数×ライセンス料」という形態を採用しており、想定以上にコストが膨らむことがあります。
特に注意すべきは、閲覧のみを行うユーザーとダッシュボードを作成・編集するユーザーのライセンス形態がBIごとに変わることがある点です。例えば、Power BIは作成者も閲覧者もクラウド利用においてはライセンスが必要であり、Tableauでは閲覧用のViewerライセンスと作成用のCreatorライセンスで価格差があります。
今後の全社展開を見据えた場合、最終的に何名のユーザーが各レベルのライセンスを必要とするかを事前に試算し、中長期的なコスト見通しを立てることが不可欠です。
段階的導入アプローチ
BIツールを導入する際には、最終的な利用ユーザー数を考慮しながらも一度に全社展開や広範囲に導入するのではなく、パイロット部門やチーム内での小規模導入から始めて段階的に拡張していくアプローチが推奨されます。
例えば、まず一つの製造ラインで3ヶ月間の試験運用を行い、現場の反応や実際の利用状況を確認します。この段階でダッシュボードの改善を重ね、成功事例を確立してから他部門への展開を進めることで、組織全体への浸透がスムーズになります。
導入後の運用体制づくり
BIツールの技術的な導入が完了しても、それだけでは成果は生まれません。データ活用を組織に定着させる運用体制の構築が、長期的な成功の鍵となります。
まずは、推進体制の明確化が必要です。「誰がダッシュボードの改善要望を取りまとめるのか」「誰が技術的な実装を担当するのか」「誰が予算承認するのか」を明確にするとよいでしょう。
次に、継続的な教育プログラムの設計です。BIツールの基本的な操作方法だけでなく、「BIツール上のグラフをどのように操作して何を確認するのか」「データからどのような改善アクションにつなげるのか」といった目的意識を醸成する研修が重要です。
最後に、成功事例の可視化と共有です。BIツールの活用により「不良率が15%削減できた」「設備停止時間が30%短縮された」といった具体的な成果を数値で示し、社内報や全社会議などの場で共有することで、データ活用の価値を組織全体に浸透させることができます。
こうした取り組みを通じて、データ活用文化が組織に根付き、長期的な成果創出につながります。
データ活用が企業競争力に与えるインパクト
可視化システムの構築によるデータ活用は、既存の報告・分析業務を劇的に効率化し、企業の意思決定力を向上させる戦略的な投資です。本項では、BIツールの導入により実現できる具体的な効果例を紹介します。
業務効率の飛躍的向上
データの加工や表示作業をBIツールが自動で行うことで、データ準備から可視化までの作業時間が大幅に短縮されます。Excelで関数やピボットテーブルを駆使し、マニュアルを確認しながら数時間をかけて進めていた集計作業が、わずか数分で完了可能です。
例えば、週次の生産実績レポート作成に毎週5時間かかっていた業務が、BIツール導入後は15分に短縮され、分析担当者はより高度な分析や改善提案に時間を割けるようになります。
問題の早期発見と損失の最小化
リアルタイム、もしくはリアルタイムに近いタイミングでのデータ更新により、問題発生時の早期発見と迅速な対応が可能となります。
従来は日次・週次の報告ではじめて問題に気づいていたものが、異常値が発生した瞬間に色分け表示で視覚的に把握できるため、品質問題や設備トラブルによる損失を最小限に抑えられます。
また、設備においても、振動データや温度データの推移をリアルタイム監視することで、故障の兆候を事前に察知し、効果的にメンテナンスを進められるようになります。
データに基づく意思決定の実現
ファクトベースでの議論が促進され、勘や経験に依存していた意思決定プロセスに客観的なデータに基づく判断も加えられるようになります。
会議での「おそらく〜だと思う」という推測ではなく、「実際のデータでは〜という傾向が見られる」という事実に基づいた議論により、意思決定の質とスピードが向上します。
企業競争力の強化
こうした効果が積み重なることで、市場変化への対応スピードが向上し、顧客ニーズへの迅速な対応、新製品開発の加速、コスト競争力の強化が実現することで、企業の競争力が高まります。
データ利活用基盤への投資は単なるIT投資ではなく、企業の成長を支える重要な経営基盤づくりなのです。
特に中堅製造業においては、大手企業に比べてリソースが限られているからこそ、データを活用した効率的な業務運営と迅速な意思決定が、競争で優位に立つ原動力となります。
まとめ
中堅製造業におけるデータ活用は、「可視化」の段階から進んで「業務改善に直結する仕組み」への転換が求められています。
成功への道筋は、まず現場の状況に合った可視化の設計から始まります。既存の紙ベースの作業様式を活かしたデジタル表示により、作業者の抵抗感を軽減しながら段階的にデジタル化を進めることが重要です。
次に、データ利活用基盤の構築においては過度な複雑化を避け、必要最低限の処理に絞り込んだシンプルな設計が運用の持続性を高めます。また、適切なBIツールの選定と段階的な導入により、これらの基盤を効率的に構築し、従来のExcel作業を自動化することで分析業務の生産性を大幅に向上させることが可能です。
例えば製造業では、以前は月末の棚卸ではじめて明らかになっていた過剰在庫や欠品リスクを、BIツールにより日次単位で把握できるようになります。これにより生産計画を柔軟に見直し、ロット数の調整を行うことで在庫回転率が向上します。結果として企業のキャッシュフローが改善され、企業の競争力強化を実現できます。
データを単なる情報から競争優位の源泉へと変える「仕組みづくり」こそが、製造業の持続的成長を支える基盤となるのです。
著者プロフィール
原田 正和
ITコンサルタント/エンジニア
東京大学卒業後、多彩なキャリアを通じてIT・DX分野の知見を蓄積。Big4コンサルティングファーム(監査法人)でのITコンサルタント、ITスタートアップでのエンジニア、エネルギーファンドでのシステム部長を歴任。SaaS導入支援やデータ基盤構築のコンサルティングを手がける。Microsoft365/Azure/Power Platformのエンジニアとしても活動中。マニュアル動画視聴システムの個人開発・販売実績を持ち、各種SaaS導入支援やDX伴走支援を通じて、企業のデジタル化を支援している。
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