医療DXの推進|調剤薬局に医療DXがもたらすメリットとは
このコラムでは、医療DXの概要や目的、日本政府が医療DXを進める背景や現状について解説します。
また、医療DX推進のポイントとなる3つの柱(全国医療情報プラットフォームの創設、診療報酬改定DX、電子カルテ情報の標準化)にも触れ、今後の医療DXを展望します。
「医療DX」とは
DX (デジタルトランスフォーメーション)は、全ての産業分野においてデジタル技術を利用した、ビジネスモデルやプロセス・組織・文化の変革を指します。
「医療DX」は、医療業界におけるデジタルトランスフォーメーションを指し、主な施策は「全国医療情報プラットフォーム」「電子カルテ情報の標準化」「診療報酬改定DX」とされています。各施策の目的は、医療情報の統合と共有・AIとビッグデータの活用・遠隔医療の推進、そして患者のエンゲージメント向上です。
「全国医療情報プラットフォーム」は、医療情報を安全かつ効率的に共有・交換できる基盤を提供し、「電子カルテ情報の標準化」は医療情報の互換性を高め双方向のアクセスを円滑にします。また、診療報酬の改定作業をデジタル化し効率化する「診療報酬改定DX」は、医療従事者の負担を軽減することで、良質な医療サービスの提供を後押しします。
国民の健康寿命の延伸と医療の質向上を実現するために、医療DXの推進は欠かせない取り組みです。
医療情報の統合と共有
電子カルテ情報の標準化に代表される医療情報のデジタル化・オンライン化による統合により、患者の診療記録が医療機関で共有されることで的確な診療が可能です。
また、薬局では過去の処方歴を正確に把握でき、患者が自分自身の健康管理に役立つ情報を取得できるなど、より高品質な医療の提供に役立ちます。
マイナンバーと健康保険証の統合の過渡期にある今、現場では多少の混乱が見られているのが現状ですが、近い将来には現行システムのバージョンアップが進み、最適なシステムを利用しながら受付時に適切な資格確認が可能となるでしょう。
医療情報の統合と共有が進めば、これまで毎回確認が必要だった併用薬の確認を、患者様の記憶やお薬手帳だけに頼らず、データとして正確に確認できるようになります。確認した併用薬の情報を毎回手入力することなく、処方薬の重複や禁忌と推測される薬剤の注意喚起をはじめ、疑義照会の必要性および内容をシステムで表示できることで、安全性や利便性が向上します。
AI・ビッグデータの活用
診断支援・予後予測・薬の創薬など、医療に関わる幅広い領域でAIが活用されています。
医療情報のオンライン化による統合が進むことで蓄積されるビッグデータは、AIの進化により効率的かつ的確な診断を実現すると共に、新たな医療技術の実現など幅広い応用が期待できます。
遠隔医療の推進
IT技術の進歩は、地理的な制約を超えた医療サービスの提供を実現しました。特に、新型コロナウイルスの感染拡大に直面し、これまでハードルが高いと思われていたオンライン診療の提供を医療機関が前向きに取り組むようになり、患者に受け入れられたことが大きな要因といえるでしょう。
遠隔医療が進めば、医療資源が限られている地域への医療サービス提供や限られた医療リソースの効率的配分をはじめ、災害時や感染症拡大時におけるリスク低減に貢献します。
また、門前の調剤薬局は調剤報酬が低下傾向にあり、オンライン診療に伴うオンライン服薬指導がさらに浸透すれば、処方箋発行医療機関の集中率を低下できます。その実現には、オンライン服薬指導に対応した薬歴システムをいち早く導入して、現場薬剤師のオンライン対応力を高めていく取り組みが必要です。
患者のエンゲージメント向上
医療情報のデジタル化が進むことで、患者が自分の健康管理に必要な情報へのアクセスが容易になります。
毎年受診する健康診断の結果だけではなく、時系列な変化や傾向を分析することで、生活習慣を改善する動機づけになり、患者の価値観を尊重した医療エンゲージメントの向上を図れます。
患者は自身の健康状態をより深く理解し、適切な医療の選択を行えるでしょう。
政府が掲げる医療DXの目的とは
2023年6月に行なわれた「第2回医療DX推進本部」で配布された資料によると、政府が推進する医療DXは、2050年には37.7%に達する日本の高齢化と長期にわたる人口減少過程に直面する現状に対応し、保健・医療・介護の各領域における情報の利活用を通じて、個人の健康増進と医療の効率化・効果的なサービス提供を実現するために不可欠とされています。
具体的には、「国民の更なる健康増進」「切れ目なくより質の高い医療等の効率的な提供」「医療機関等の業務効率化」「システム人材等の有効活用」「医療情報の二次利用の環境整備」の5点について、2030年度を目途に実現することを目指しています。
1.国民のさらなる健康増進
保健・医療・介護の情報を自ら把握することで健康増進に寄与し、安全・安心な医療を受療可能です。
電子カルテやヘルスケアデータの一元管理やライフログデータの活用により、疾病予防や健康維持につながります。
2.切れ目なく質の高い医療等の効率的な提供
本人の同意を前提に、シームレスに医療情報を共有することで、常時の質と効率を担保した医療サービスの提供が目指されています。
セキュリティを確保した上で、個人の医療データを適切に管理・活用することで診断や治療の精度が向上し、災害時や救急時を含め、いつ・どこの医療機関を受診しても、必要な医療情報が共有されます。
3.医療機関等の業務効率化
医療業務のデジタル化により、医療機関の業務プロセスが効率化され、医療従事者の負担軽減が図られることを目指しています。また、システムの導入と最適化により、医療機関の運営コストの削減とサービスの質の向上も期待されています。
診療報酬の計算や記録作業の負担が軽減されることで、医療従事者にとって魅力ある職場環境が実現でき、感染症危機においても迅速かつ確実な対応がとれるようになります。
4.システム人材等の有効活用
医療情報システムの活用により、診療報酬改定時の作業が効率化されることで、作業にかかる費用削減のほか、医療情報システムに関与する人材の有効活用が可能です。
また、医療保険制度全体の運営コスト削減を実現できることから、医療DXの推進に欠かせない新たなシステム人材の有効活用が期待されています。
5.医療情報の二次利用の環境整備
医療データの安全な共有と二次利用の環境を整備することで、新たな医薬品の開発や治療法の研究、さらには医療関連産業の発展を目指しています。
当然、プライバシー保護やデータセキュリティの確保といった課題の解決が求められますが、高い信頼性をもつデータ共有環境を整えることで、国内の医薬産業やヘルスケア産業の発展に貢献する医療情報の応用が可能となります。
政府が医療DXを進める背景
高齢化社会の進行・新型コロナウイルスの影響・医療コストの増大・医療の質の向上といった複数の要因が、医療DXが推進されている背景です。それぞれの要因について、解説します。
高齢化社会の急激な進行
高齢化は医療需要の増加を招き、既存の医療インフラストラクチャーに大きな負担を与え、一部の地域では医師不足や医療施設へのアクセスが困難な状況となっています。
効率的なリソース配分とサービス提供を可能にする医療DXは、高齢者への適切なケアを提供し、地域医療における課題にも対処する重要な手段となっています。
新型コロナウイルスの影響
新型コロナウイルスの感染拡大は、オンライン医療や遠隔医療の重要性を強調し、デジタル技術の活用を促進しました。
感染症対策の強化をはじめ、遠隔医療サービスの提供拡大に役立つ医療DXの推進で、危機管理と公衆衛生の維持に役立っています。
医療コストの抑制
医療コストの増大は、日本の社会保障システムを維持するための重大な課題であり、業務効率化とコスト削減の実現に寄与する医療DXは、課題解決に必要な取り組みです。
デジタル技術の導入により、業務プロセスの効率化や資源の最適化を実現し、医療コストの抑制に重要な役割を担います。
医療の質向上
国民の健康を支える医療の質向上は、医療DXの主要な目的です。AIやビッグデータの活用など、診断精度や治療効果の向上に役立つ取り組みとして期待を集めています。
また、医療従事者の育成も後押しすることで医療サービスを強化し、患者のQOL(Quality of Life)向上を担う働きも期待されています。
日本における医療DXの取り組み
政府は医療DXの推進を目指し、さまざまな取り組みを行ってきました。2020年、政府が「データへルス改革について」を発表すると共に、健康・医療・介護施策におけるICTの利活用を目指して、厚生労働省内に「データへルス改革推進本部」を設置するなど、データの利活用を推進する動きが加速しています。
この項では、医療DX推進に向けた具体的な施策を紹介します。
医療DXの推進本部を設置
上述したデータへルス改革の流れのほか、2022年9月には、第1回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チームが開催され、間もなく2022年10月には医療DX推進本部が設置されました。
日本の医療情報のデジタル化と利活用を目的とする医療DX推進本部は、医療の質向上や効率化、そして患者の利便性向上を目指し、政府機関や民間企業により構成されています。
また、2021年に設立されたデジタル庁は、施策の一環として個人の健康に関わるデータの連携と活用を推進し、健康意識の向上や健康・医療・介護分野での事業開発を促進しています。
特に、マイナンバーカードと健康保険証の統合は、医療DXの実現に向けた重要な取り組みであり、厚生労働省推進本部とデジタル庁が連携してこのプロジェクトを推進中です。
マイナンバーカードと健康保険証の統合
2021年10月にオンライン資格確認が可能となり、国民一人ひとりの医療・健康データを一元管理するマイナンバーカードの健康保険証利用が始まるなど、個々の健康情報の一元化と活用を目指した取り組みが進んでいます。
国民一人ひとりが自身の健康情報に簡単にアクセスでき、医療機関での受診履歴などを一覧できるようになるなど、医療情報の利便性が期待されています。
オンライン資格確認システムの義務化
2023年4月からオンラインによる資格確認が義務化され、医療保険の適用資格をリアルタイムで確認できるようになりました。医療機関は診療報酬の請求作業を効率化でき、患者は保険適用の確認を容易に行えることで受診する際の手続きがスムーズになります。
オンライン資格確認システムの導入は、医療業界のDXをより加速させ、効率的で便利な医療サービスの提供を実現します。
今後予定されているマイナンバーカード関連の取り組み
2024年3月には、医療扶助(生活保護受給者)におけるオンライン資格確認が導入される予定で、さらに同年秋には健康保険証の廃止も予定されています。
政策により、施策の実施時期や内容が変更となる可能性はあるものの、今後もマイナンバーカードに関わる取り組みが推進されそうです。
オンライン診療の推進
2018年の診療報酬改定時には対象疾患を限定して保険適用となっていたオンライン診療が、コロナ禍において診療報酬上の特例的・次元的対応がとられ、2022年4月から初診・再診の診療報酬が新設されて正式に認められました。
オンライン診療の拡大は、地域社会の医療アクセスを向上させ、特に地方や過疎地域での医療サービスの提供を強化しています。
電子処方箋の導入
2023年1月から電子処方箋の導入が始まり、医師はデジタルで処方箋を発行し患者は薬局で薬を受け取れるようになりました。
患者は紙の処方箋を携帯する必要がなくなり、医師や薬剤師はデータ入力ミスを防止できることで、処方と調剤のプロセスの効率化が実現しています。
今後予定されている施策
2022年10月に発表された厚生労働省による「医療DXの推進について」によると、医療DXの推進に向け3つの施策が提言されています。
全国医療情報プラットフォームの構築
全国の医療情報を一元化し、管理・共有するプラットフォームの創設により、医療機関や薬局の電子カルテ情報を共有し、電子処方箋の導入を推進できます。初期段階では特定の文書や情報の共有から開始し、段階的に情報の範囲を拡大する計画です。
このプラットフォームを通じて収集される大量の医療データは、AIやビッグデータ解析を活用した新たな医療サービスの開発や疫学調査、疾病予防などにも活用できます。また、安全な情報共有の仕組みを整備した上で、介護保険や母子保健などの情報も共有できるようにする計画もあります。
2023年度末までに、全国の医療機関において医療情報を共有できる環境を整えることを目標に掲げています。
診療報酬改定DX
診療報酬改定DXは、医療機関のコスト削減を目指す施策です。医療提供に対する報酬の計算や支払いプロセスのデジタル化による効率化を目指しています。現在は、電子点数表の改善と診療報酬の計算を行う共通モジュールの開発や診療報酬点数表のルールの簡素化と明確化が進行中です。
診療報酬の計算過程が透明化することで、医療の提供から報酬の支払いまでのプロセスがスムーズになります。
また、データの蓄積と分析により、診療報酬の適正化や医療サービスの品質改善にも役立てられると期待されています。医療機関のシステムアップデートに合わせて、診療報酬改定の実施時期についても検討される予定です。
電子カルテ情報の標準化(全医療機関への普及)
電子カルテの導入は医療DXの最初のステップであり、医療機関での情報共有や患者の診療履歴管理を大きく改善する基盤となります。
すでに政府は電子カルテの普及を目指し、補助金制度などを通じて医療機関の導入を推進中。すべての医療機関で電子カルテを使用して、情報形式の標準化を目指しています。
電子カルテの導入率を全国的に高めることで患者の診療情報が瞬時に共有でき、適切な医療提供を迅速に行うことが可能です。電子カルテ情報の標準化によって医療機関やシステム間での情報共有が容易になり、より広範で効果的な医療連携の実現が期待されています。
まとめ
医療DXの推進は、患者の医療体験向上や医療従事者の業務効率化を後押しし、国全体としての医療サービスの質向上と持続可能性を確保します。
調剤薬局においても医療DXの波は大きなメリットをもたらすことが期待されており、政府の取り組みや新たな動きを注視しながら、ソリューションの活用を積極的に検討することが重要です。
最後に、医療DXを推進する2つのソリューションをご紹介します。
保険薬局向け処方せん入力システム「調剤Melphin/DUO」
「調剤Melphin/DUO」は、処方箋入力業務を始めとする窓口業務だけではなく、電子処方箋におけるHPKIカード署名、モバイルデバイスを用いたセカンド署名(リモート署名)にもいち早く対応し、今後はマイナンバーカード署名にも対応予定です。調剤薬局業務の効率化と医療情報の安全な管理を支援します。
また、メドピア株式会社が開発した、かかりつけ薬局化支援サービス「kakari」とのシステム連携により、処方箋画像の送信機能やビデオ通話機能によるオンライン服薬指導にも対応。また、服薬フォロー支援にも有効であり、「kakari」を活用することで、医療機関と患者をつなぐコミュニケーションプラットフォームとして機能し、患者の利便性向上と共に利用率向上が期待できます。
保険薬局向け次世代コミュニケーションサービス「AnyCOMPASS」
2023年6月に発売された次世代コミュニケーションサービス「AnyCOMPASS」は、政府が推進する医療DXの実現に向けて、さまざまな保険薬局向けシステムをクラウドサービスとして統合して提供する新たな製品群としてリリースされました。
その第一弾としてリリースされたクラウド版電子薬歴は、「しっかり」「スピーディー」「繋がる」の3つをコンセプトに、誰が使用しても感覚的に操作しやすいユニバーサルデザインを採用。必要情報をシンプルに表示することで、漏れなく効率的な服薬指導をサポートしています。
上記製品などのソリューションは、調剤薬局における医療DXの取り組みをさらに促進し、効率的かつ高品質な医療サービスの提供を可能にするものと期待されています。
医療DXの推進に伴い、自社に合った最適なソリューションを活用することで、患者サービスの向上と業務効率化を並行して実現できるでしょう。
著者プロフィール
杉山 義明
アアル株式会社(経営コンサルティング)代表取締役
中小企業診断士・薬剤師・MBA
事業再構築補助金、ものづくり補助金、事業承継・引継ぎ補助金等を活用した新規事業支援や、M&A支援を得意とし、経営戦略及び事業計画策定と業務のDX化の同時支援で、戦略レベルから生産性を高める事を目指したコンサルティングを実践している。
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