106万円の壁と130万円の壁の違いとは?企業の実務対応と注意点を解説
これまで、パート・アルバイトで働く短時間労働者の社会保険適用が段階的に拡大されてきました。2024年10月には、雇用する従業員(厚生年金保険の被保険者)が51人以上の企業も対象となります。
加えて、昨今は最低賃金が年々上昇しており、今後社会保険に加入する従業員の増加が予想されています。パート・アルバイトの従業員を雇用している企業は、社会保険業務の効率化が必須となるでしょう。
社会保険と税控除に"4つの壁"が存在する中、本コラムでは社会保険の「106万円の壁」と「130万円の壁」の2つの壁について解説します。
社会保険の「年収の壁」とは
「年収の壁」は、被扶養者が社会保険料の負担が生じる年収のボーダーラインです。配偶者や子など収入が一定未満の人は被扶養者となり、社会保険料を支払う必要がありません。
パートやアルバイトなどで収入が一定額を超えた場合には社会保険料の支払いが発生し、給与の手取り額が減少する可能性があります。そうした背景を踏まえ、被扶養者が社会保険の加入条件となる「年収の壁」を超えないように、勤務時間を抑えようとする場合があります。
社会保険における年収の壁は、一定条件によって「106万円の壁」「130万円の壁」の2つで、企業規模に応じて対応が異なります。
出典:政府広報オンライン『「年収の壁」対策がスタート!パートやアルバイトはどうなる?』
106万円の壁と130万円の壁の違い
まずは、「106万円の壁」と「130万円の壁」の要件を以下の表から確認しましょう。
社会保険料が発生する要件 | 企業の対応 | |
---|---|---|
106万円の壁 (※2024年9月30日まで) |
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健康保険・厚生年金保険資格取得届を提出 |
106万円の壁 (※2024年10月1日以降) |
|
|
130万円の壁 |
|
社会保険に加入する場合のみ、健康保険・厚生年金保険資格取得届を提出 |
次から詳細を解説します。
出典:日本年金機構『短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大』
106万円の壁
106万円の壁は、従業員数(厚生年金保険の被保険者数)が101人以上の企業で、週20時間以上勤務する従業員に社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入義務が発生するボーダーラインです。月額8万8千円(年収約106万円)を超えた場合に加入義務が発生するため、106万円の壁といわれています。
なお、2024年10月以降は対象となる従業員数が「101人以上」から「51人以上」に変更となります。
106万円の壁を超えた従業員を雇用する企業は、年金事務所や健康保険組合に「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」を提出し、社会保険の加入手続きを行わなければなりません。
なお、従業員の週の労働時間が20時間未満の場合など、106万円の壁の要件に満たない従業員は、次項で紹介する130万円の壁を超えた場合、保険料の支払義務が発生します。
130万円の壁
130万円の壁は、主に従業員数(厚生年金保険の被保険者数)が100人以下の企業に適用される年収の壁です。2024年10月からは、対象となる従業員数が50人以下に変更となります。
従来は、社会保険の扶養に入るには年収130万円未満が要件でした。しかし、2016年10月から短時間労働者の社会保険適用が拡大され(106万円の壁)、年収106万円の加入要件に該当しない従業員は130万円の壁の対象となります。
ちなみに、130万円の壁の対象となる企業に勤務する従業員の年収が130万円以上の場合には、社会保険の扶養から外れます。そのため、扶養から外れた従業員は自身で保険料の支払いが必要です。
また、130万円を超えた場合でも、社会保険の加入要件を満たすか否かで企業の対応が以下のように異なります。
年収 | 会社の従業員数 | 社会保険加入条件を満たす | 加入する保険 | 企業の対応 |
---|---|---|---|---|
130万円以上 | 従業員数100人以下(2024年10月から50人以下) | 満たす | 会社の社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入 | 健康保険・厚生年金保険資格取得届の提出 |
満たさない | 国民健康保険・国民年金に加入 | 手続きなし(本人が加入手続きを行う) |
従業員が100人以下(2024年10月から50人以下)の企業では、以下のいずれかを満たすことで社会保険の加入義務が発生します。
●正社員(フルタイム)
●週の所定労働時間・月の所定労働日数が正社員の4分の3以上
社会保険に加入する場合は、106万円の壁と同様、企業は「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」を年金事務所や健保組合に提出する必要があります。
一方、社会保険の加入条件に満たない状態で年収が130万円以上となった場合は、勤務先の社会保険に加入できません。この場合、対象となる従業員の勤務先企業は特に手続きをする必要はなく、従業員は自身で国民健康保険と国民年金の加入手続きを行う必要があります。
出典:日本年金機構『適用事業所と被保険者』
106万円の壁と130万円の壁の年収計算
106万円の壁と130万円の壁の「年収」は、対象となる賃金が異なります。企業担当者はそれぞれの計算方法を理解し、社会保険の加入の有無を判断しましょう。
106万円の壁の年収計算
「106万円の壁」の年収は、基本的に雇用契約で定められている基本給や諸手当が月額8万8千円を超えるか否かで社会保険加入を判断します。年収106万円以上というのはあくまで月額8万8千円を12ヶ月分した金額であり、実務上は月額で判断されるので注意しましょう。
また、年収計算においては、基本給や諸手当などの所定内賃金のみが対象となり、時間外手当、通勤手当、賞与などは含まれません。
例えば、時給1,500円で1日4時間・月15日勤務する従業員を採用する場合、月額給与は9万円(年収108万円)となるため、社会保険の加入義務が発生します。
出典:厚生労働省『社会保険適用促進手当に関するQ&A(P1、A1-1)』
一方、同様の時給・労働時間でも、月10日勤務であれば月額給与は6万円となり、社会保険加入義務は発生しません。
ただし、実態として常態的に月額8万8千円を超えるもしくは下回っていると年金事務所から判断された場合は、社会保険の加入または喪失の手続きを行う場合もあります。
出典:日本年金機構『短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大Q&A集(P24、Q45)』
130万円の年収計算
年収130万円の場合は基本給や諸手当などの所定内賃金のほか、時間外手当や通勤手当、公的年金や失業給付なども含めた金額で年収が判断されます。月額の賃金だけでは判断できない点に注意が必要です。
例えば、月額10万円の給与が支給されている場合でも、遺族年金を月額換算で5万円分を受給していれば、月15万円の収入があるとみなされ、年収130万円を超えてしまいます。
出典:全国健康保険協会『被扶養者資格の再確認と提出のお願い(P2)』
ただし、被扶養者認定の際に、繁忙期などで時間外手当が一時的に増加したことによって年130万円を超えた場合は、事業主の証明書を添付することで被扶養者として認められます。
出典:厚生労働省『「年収の壁・支援強化パッケージ」について(P2)』
社会保険が適用される従業員に対する企業の対応
2024年10月から、従業員数51人以上の企業も106万円の壁の対象となり、社会保険に加入する従業員の増加が予想されます。
ここからは、雇用するパート・アルバイトの従業員が、社会保険が適用になった際の対応について解説します。
従業員への説明
社会保険加入時には、従業員の保険料負担が増える一方で各種手当の受給が可能になり、将来支給される年金が増えるメリットもあります。
また、社会保険加入後には従業員と企業で保険料が折半されるため、国民年金や国民健康保険に加入する場合に比べ、保険料の自己負担額が軽減される場合があります。
従業員が社会保険に加入する際は、デメリットはもとより、メリットをわかりやすく説明することが重要です。丁寧に説明することで、従業員の理解も深まるでしょう。
雇用契約書の見直し
社会保険に加入すると保険料が発生する分、手取りの給与額が減少するため、従業員の労働時間や労働日数の見直しを検討する必要があります。
企業は社会保険加入対象の従業員と事前に労働条件について相談し、労働時間や労働日数の増加を希望する従業員がいれば、必要に応じて雇用契約書を見直しましょう。
なお、従業員の労働時間が増加した場合、人的コストが増加する一方、従業員が年収の壁を意識せずに働けるため、人手不足の解消を実現することも期待できます。従業員のモチベーションや希望の労働条件にあわせて業務内容の見直しも検討しましょう。
社会保険の加入手続き
2024年10月から、従業員数が51人以上100人以下の企業において、パート・アルバイトで働く多数の短時間労働者が社会保険の適用対象となる可能性があります。従業員が社会保険加入要件に該当するかを事前確認し、加入手続きの準備を進めましょう。
また、106万円の壁を超えて社会保険に加入した従業員(短時間労働者)は、定時決定(算定基礎届)や随時改定(月額変更届)で必要な支払基礎日数が一般の被保険者とは異なります。
一般の被保険者は、支払基礎日数が17日以上ある月を対象月としますが、短時間労働者は11日以上となります。社会保険加入後の手続きに誤りがないよう、注意が必要です。
出典:日本年金機構『保険者決定』
今後の社会保険手続きの運用ポイント
106万円の壁の適用範囲が2024年10月から拡大されるため、今後社会保険の加入対象者が増加すると予想されます。人事労務担当者において、社会保険手続き業務の負担が大きく増えることは避けられません。
ここからは、社会保険手続きの事務負担を軽減する運用のポイントを解説します。
デジタル化の促進
用紙による社会保険手続きは郵送に費やす時間や切手代などのコストがかかり、書類を作成する際に書き間違えてしまえば、書き直すための作業時間が生じます。
しかし、電子申請ならば場所や時間を選ばず申請ができ、郵送コストがかかりません。また、電子申請システムには一定の入力チェック機能が備わっているため、コスト削減や利便性向上の効果も期待できます。
政府は、こうした電子化のメリットを踏まえ、社会保険手続きのデジタル化を推進しています。今後、社会保険手続きの負担増が予想されるため、企業には積極的なデジタル技術の活用が求められています。
情報連携の強化
人事労務に関連するシステムは、人事管理システムや就業システム、給与計算システムなどさまざまな種類があります。こうしたシステムの連携により、データが自動で転記されることで人的なミスが減り、作業の正確性が高まります。
今後、社会保険の適用拡大にあたり、人事労務関連の情報が一元管理されている作業環境があれば、大幅な業務効率化を実現します。社内で各システムを連携できる環境を整え、効率的かつ正確な処理ができるよう情報連携の強化を図りましょう。
セキュリティー対策の強化
社会保険の手続きでは、従業員一人ひとりの氏名や住所、生年月日など、個人を特定できる重要な情報を取り扱います。システムで個人情報を管理する場合は、不正アクセスやサイバー攻撃から情報を守るセキュリティー対策が欠かせません。
システムを活用する際は、万全なセキュリティー対策が施されているシステムを選定することが非常に重要となります。
まとめ
最低賃金の上昇や社会保険の適用拡大に伴い、より多くの企業で「106万円の壁」や「130万円の壁」への対応が求められます。
今後、社会保険に加入する従業員には加入のメリットを丁寧に伝えるとともに、年収の壁を意識せずに働けることも伝えましょう。
また、年収の算定には、適切な就業管理やミスのない給与計算、人事情報の一元管理が重要です。
「ALIVE SOLUTION」シリーズは、人事労務情報を一元的に管理できる人事・総務トータルシステムです。従業員の情報を正確に把握でき、社会保険加入要件を的確に確認可能です。
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著者プロフィール
北 光太郎
社会保険労務士
中小企業から上場企業まで様々な企業で労務に従事。勤務社労士として計10年の労務経験を経て「きた社労士事務所」を設立。独立後は労務コンサルのほか、Webメディアの記事執筆・監修を中心に人事労務に関する情報提供に注力。法人・個人問わずWebメディアの記事執筆・監修を行いながら、自身でも労務情報サイトを運営している。
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